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旅のキレハシ:ギリシャ 2012 年 6 月 19 日 火曜日

こんにちは、キムラです。

旅のキレハシシリーズ、今回は最近話題のギリシャです。

ギリシャへは15年くらい前、イタリア留学を終えて、トルコへ行った帰り道に寄りました。
船で、トルコのマルマリスという港町から、ロードス島→コス島→アテネ→パトラ(港町)→バーリ(イタリア)という道程です。

本当は白い建物が美しいサントリーニ島に行きたかったのですが、諸事情により行けませんでした。

サントリーニ島

ギリシャと言えば、思い出すのが面白い言葉の響きです。
こんにちはが「カリメーラ」、大衆食堂が「タヴェルナ」など。
当時は通貨がまだ「ドラクマ」でした。その響きが好きでした。

ギリシャの島ではひたすらビーチで過ごし、昼になればタヴェルナでビールを飲みながらイカリングを食べました。至福の一時でした。

イタリアで知り合ったアメリカ人の女の子が、コス島でリゾートバイトをしているということだったのでコス島に遊びに行きました。
到着初日はうまく落ち合えず、夜も遅かったためその子のとこに泊めてもらうつもりだった私は路頭を彷徨い、仕方なく電気店から大きなダンボールを拝借して空き地のようなとこでそれにくるまって寝ました。
今思えば身ぐるみはがされなくて良かったと思います。
その経験以来、屋根があって暖かい布団で眠れるだけで幸せだと思うようになりました。
ともかく次の日にその子と会えて、その友達のギリシャ人とも仲良くなり、コス島では楽しく過ごしました。

アテネではアクロポリスの丘など観光して、安宿で知り合った日本人や、アテネで暮らしている日本人と会ったりしました。

アクロポリスの丘

アテネで会ったアテネに長く暮らしているという日本人の女性はかなり強烈で、いろんな話をしてかなり刺激を受けたのですが(アテネの日本人には有名だと思います)、まあいろんな価値観があるなということを体感しました。
自分は海外で長く暮らすのは、食事の問題(日本食が恋しくなる)、情報の問題(日本語の本が読みたくなる)、という2つの問題から無理だとわかりました。

ギリシャの印象としては、やはり全体的にのんびりしてるなーという感じでした。
そして女性はきれいで、男性もかっこいいです。
ギリシャ彫刻のような肉体美を賞賛する文化が発達する理由がわかりました。

旅のキレハシ:アンコールワット 2012 年 1 月 10 日 火曜日

旅の話、今回は私が人生で最も感動した建造物、カンボジアのアンコールワットについて書いてみます。

カンボジアに行ったのは大学4年の最後の春休み、いわゆる卒業旅行でタイ、ベトナム、カンボジアへの一人旅を計画しました。
まずバンコクに入って、カオサン通りの旅行代理店でカンボジア経由ベトナム行きの飛行機のチケットをとり、カンボジアは3泊4日くらいのスケジュールでした。
カンボジアの首都プノンペンに降り立ち、そこから船でアンコールワットのあるシェムリアプへ向かいました。高速ボートという感じの船で4〜5時間だったと記憶してます。プノンペンからシェムリアプへは飛行機もあるのですが、単純に安いという理由で船を利用しました。しかし結果的にわざわざ船で行くということが、アンコールワットの物語性を高くして、感動をより大きいものにしてくれたことは否めません。シェムリアプの街でまずは一泊して、次の日いよいよアンコールワットへ向かいます。バイクタクシーの後ろに乗って森の中をずっと進んで行くと、突如信じられないような大きな建造物が現れます。それがアンコールワットです。

アンコールワットは12世紀前半のアンコール王朝時代に建てられましたが、15世紀にプノンペンに首都が移ってからは忘れ去られ、1860年にフランス人の博物学者アンリムーオがジャングルの中にこの遺跡を発見し、西欧と世界に広く知らされました。発見した時の衝撃を想像するだけで興奮します。

全景はこんな感じで、周りを大きな堀が囲ってます。

私が感動したポイントは、
1 日本から長い道程を経て、ジャングルの中に突然現れるところ
2 建物が左右対称で美しく、さらに樹木まで左右対称に植えられているところ
3 建物が巨大なのに、そこに非常に細かいレリーフ(彫刻)が余すところ無く掘られているところ

特に3番目のレリーフの細かさに、大きく感動しました。
物語を掘っているらしいのですが、掘るのにかかった膨大な時間を想像して絶句しました。


こういったレリーフがほぼ全面に掘られています!

アンコールワットに感動した私は次の日も朝日を見に行き、ずっと一日アンコールワットで過ごしました。中もかなり自由に歩けます。
現地の子供とも仲良くなり、思い出に残る旅になりました。

カンボジアの子供

カンボジア、特にシェムリアプなどはまだ地面が土の道路で、昔の日本を想像させました。
しかし人は優しく、物価は安く、旅行しやすい国だと思います。
難があるとすればアクセスですが、その行程も含めてアンコールワットはものすごくおすすめです。
日本に近い世界遺産として、それだけを見に行く価値があるものだと思います。

これが私が人生で最も感動した建造物ですが、まだピラミッドもマチュピチュも見たことがないので、この先変わるかもしれません。
ピラミッドとマチュピチュは死ぬまでに絶対行きたいです。

旅のキレハシ:トルコその2 2011 年 11 月 1 日 火曜日

トルコの思い出など断片的に書いてみます。

イタリアからトルコへの船。
これは観光客向けではなく、主にドイツで出稼ぎしている人が車でトルコに帰るための大型フェリーでした。
たまたまその存在を知った私はそれに乗ってみる事にしました。
ベネチアからギリシャをスルーしてトルコへ。
2泊3日の船旅。日本人はおろかトルコ人以外はほとんどいなかったと思います。
でもトルコ人の子供とかと仲良くなってトルコ語も少し覚えました。
「メルハバ」こんにちは「テシェックル」ありがとう「ナスルスン」元気ですか「イイイム」はい


参考までにトルコの地図です。

トルコ人は親日派が多いです。
これは一説によると昔いじめられていたロシアを日露戦争で日本がやっつけたからだとか言われます。
かつてコンスタンティノープルと呼ばれた街、イスタンブールはモスクとかハーレムとかすごくて面白い街ですが、日本語を話す怪しい人も多く注意が必要です。絨毯屋に連れて行かれて絨毯を売られます。日本語で話しかけてくるトルコ人がいい人なのか怪しい人なのか(日本に興味があるといういい人も少なからずいる)、それを見極めるのにほんとに疲れます。ただ歴史的建造物とかはほんとにすごいですし、活気があって歩くだけで楽しい街です。

トルコ第二の観光地と言えばカッパドキア。

トルコ中部にある奇岩と洞窟の街です。イスタンブールほど商業的ではなく、現地の人も優しくて過ごしやすかったです。日本からのツアーはここまでで大体終わりです。ここから東には観光地らしい観光地はありませんが、イラン入国を目指していた私は東に向かいました。

東に行けば行くほどイスラム色が強くなり、人々の暮らしも貧しくなっていきました。イラン国境近くの街、ドゥバヤジットにあるイサクパシャ宮殿だけは見応えがありました。ノアの箱船伝説が生まれた山、アララット山を見ながら山を登って行くとこの宮殿が現れます。

かなり幻想的でした。
このへんまで来ると英語を話せる人はほとんどいず、街を歩いているだけでじろじろ見られますが逆にそれが快感になってきます。

トラブゾンという街で申請したビザは結局降りずにイランには入国できませんでした。通り抜けるのなら大丈夫だったようですが、私はイランに入ってまた戻ってくるということだったので怪しまれてダメだったようです。

イスタンブール、カッパドキアは確かに強い印象があり面白かった街ですが、それ以上にトルコを感じたのは東の方の街での素朴なトルコ人との触れ合いでした。私の中ではトルコはかなり面白い国でした。一生に一度は訪れることをおすすめします。

旅のキレハシ:トルコその1 2011 年 10 月 25 日 火曜日

トルコで地震がありました。
東部のバン(ワン)の街。
被災した方々が心配です。

私は一度この街を訪れたことがあります。

イタリアでの留学を終えて、私は最後にイランへの旅を計画しました。
イラン映画などを見てイランに興味を持っていたからです。
イタリアのヴェネチアから船に乗り一気にトルコへ、そこから陸路でイラン入国を目指しました。結果から言うとビザが下りずにイラン入国できませんでしたが、イランとの国境近くの街まで行きました。それがバンの街だったと思います。
この街は2つのことで有名です。
きれいなバン湖とバン猫です。
バン猫とはこのあたり固有の種で、特徴は左右で異なる色の目を持ち、またバン湖を泳ぐことです。

バン猫

このバン猫のことは村上春樹氏の「雨天炎天」というギリシャとトルコの旅行記に詳しく書かれていて、それで私も知りました。
正確にはターキッシュバンとバン猫の2種類がいるみたいです。



結局イラン入国が叶わなかった私は、はからずもトルコを一ヶ月間も旅をすることになりました。
西海岸のイズミールという街から入り、イスタンブール、カッパドキア、首都のアンカラ、黒海の街トラブゾン、バン、地中海の街アンタルヤと一周しました。なのでトルコにはそこそこ詳しいです。
次回から旅のキレハシとして、今までの旅の思い出など断片的に書いてみたいと思います。
次回はトルコその2の予定です。